平成28年度文化庁委託事業 劇場・音楽堂等基盤整備事業"情報フォーラム"
「劇場・音楽堂等における東京オリンピック・パラリンピック文化プログラムを考える」
パネルディスカッション 質疑応答


片山泰輔 静岡文化芸術大学教授・大学院文化政策研究科長
村瀬剛太 文化庁 長官官房政策課 文化プログラム推進室長
三好勝則 アーツカウンシル東京 機構長
塚原 進 新潟市 文化スポーツ部 文化創造推進課 参事・課長
鈴木京子 国際障害者交流センター ビッグ・アイ 事業プロデューサー
志賀野桂一 東北文化学園大学特任教授 白河文化交流館コミネス館長・プロデューサー
園山土筆 松江市八雲林間劇場 しいの実シアター アートディレクター
文化プログラムとは、「東京2020公認プログラム」「東京2020応援プログラム」「beyond2020」のことを指すのか。
(片山):その3つを総称して文化プログラムと呼んでいる。その他にも、公式スポンサー以外の企業が実施するため文化プログラムに組み込みにくい事業を対象に、公益社団法人企業メセナ協議会が「創造列島」プログラムを立ち上げるなど、文化プログラムの外側にもいろいろな支援の動きがある。
(村瀬):スポンサー企業以外の団体が行う事業に対しては「beyond2020」が門戸を開いている。現在制度設計中だが年内には開始する見込みだ。組織委員会の「公認プログラム」は開催都市の東京都を中心に、今年8月から申請が始まり10月から認証開始する。「BeSeTo国際演劇祭 新潟」などの「応援プログラム」については、認証の一部先行実施として10月に始まり、本格実施は4月から開始する予定だ。
組織委員会は時限措置であり、認証の終了も2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の終了時を念頭に置いていると思われるが、文化プログラムはレガシーをつくることが理念の根底にある。大会後に運動を引き継ぐ組織などは未定だが、計画が明らかになり次第皆様にお知らせがあるものと思う。
文化庁が担う文化の振興という観点からは、まさに皆様が実施されている事業を文化プログラムとして支援していくが、認証プログラムというかたちで行うかどうかは制度設計官庁および組織委員会が決めるので、今後の動きを引き続き注視していただきたい。
アーツカウシル東京の大型プロジェクトは「上限2000万円×5件」とあるが、その助成の財源はどこか。
(三好):大型プロジェクトを含めてアーツカウンシル東京の諸事業の財源はすべて東京都の予算から来ている。通常の創造発信助成、社会支援助成などいろいろあり、補助率は3分の2、2分の1などさまざまだ。大型の助成は4分の1で、残る4分の3は各事業者(応募者)が負担している。2000万円以内なので実際に採択されたものを合計すると6000万円、平均すると1事業あたり1000万円強の助成となっている。
本来は「北京、ソウル、東京」を意味する「BeSeTo国際演劇祭」を新潟に招致されたきっかけは何か。また地域の豊富な文化資源を今後どのように文化プログラムとして企画していくのか。
(塚原):まず「BeSeTo国際演劇祭」については、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館の舞踊部門芸術監督であり、本市文化創造アドバイザーを務める金森穣氏が2014年に本演劇祭の国際委員に就任したことが、招致の大きなきっかけとなった。また新潟市は「東アジア文化都市」として日中間の文化交流を積極的に推進してきたが、その流れを引き継ぐかたちでこの大きな演劇祭を招致した。また「環日本海」ということで、海を隔てた日中韓の文化交流を鳥取、富山(利賀村)、新潟の連携で行うことは非常に意義深いと考え、期待している。
地域の文化資源の文化プログラム化については、あまり無理をせず既存の事業を集約しながら、わかりやすく魅力的なものをつくり、広く国内外の人々に来て、見て、わかってもらうことが重要だ。情報発信にも、来てくれた人に魅力を伝えるにも言葉の問題が大きな課題になる。我々自身の取組みに加え、文化庁のポータルサイトの多言語化に期待している。
指定管理者として、金銭面以外に自治体からどのような支援・仕組みがあればより良い文化創造ができると思われるか。
(園山):自治体の方々には、何よりまず見に来ていただきたい。担当部署だけでなくトップも含めて職員に来ていただき、劇場・音楽堂等で働いている人たちがどのようなことに、どんな理由で困っているか、しっかり話し合ってほしい。例えば、しいの実シアターは大きな駐車場があれば、今まで考えられなかった新規事業を展開させることができるのだが、行政に20年計画を2回提出してもうまくいかない。決してあきらめないでもう一度角度を変えて出そうと考えている。自治体の方には現場を見ていただき、お互いの考えを交換し合って一緒にまちづくりを考えることが大切だ。落胆することは多いが、行政の中の理解者を見つけてアタックするなど、指定管理者側も戦略を立てることが重要だ。
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会後に、人々のライフスタイルに文化が根付くことがレガシーの一つだと考える。劇場に足を運ばない人たちが、日本や地域の文化を身近なものにするためのヒントをいただきたい。
(三好):東京では「アートポイント計画」として地域ごとにアートの拠点をつくる取組みを行っている。東京も地域によって歴史的な地域、新しい人の多く住む地域、人が減っている地域など多様性がある。一見昔のままの街並みでも、実は復元されたものであったりする。そうした地域の個性をアートを使って引き出していくと、地域づくりと芸術文化がうまくマッチングし、住人が地域の特性に改めて気付き、芸術文化にも関心をもってもらえるのではないか。
例えば神楽坂は、一度空襲で破壊されたが、その上に地域の人たちが江戸の情緒を残す街をつくってきた。その街の人々と一緒に伝統芸能を紹介する取組みを3年ほど行っている。港区では六本木の新しい文化施設を活用し、地元の商店街とも組んで、街全体をアートの町として活性化させ、地元の人にも訪れる人にも文化に関心をもっていただくきっかけをつくろうとしている。
(鈴木):芸術や文化に近づきたい、触れたいと思っても、文化施設は敷居が高いと感じている人々の隠れたニーズがあることにも目を向けていただきたい。例えば、音楽に関心があっても生の演奏が聴けず、家族でコンサートに行くことを諦めている知的・発達障害の方たちもいる。ビッグ・アイのようにあらゆる障害に対応するのはハードルが高いが、今後20万件の文化プログラムが実現していく中で、何か一つ工夫をしていくことで見えなかったニーズも見えてくる。そうしたプログラムづくりも今後は必要だ。
(志賀野):文化事業・文化政策の究極はまちづくりであり、QOL(生活の質)の向上そのものだ。芸術文化が身近にあるライフスタイルが、すなわち街の暮らしやすさ、居心地の良さでもある。それを実現する方法論には多様な道筋があり、地域ごとに随分違いがある。土地柄が人や文化にも通底している。私は今白河に常駐しているが、これまで多賀城、仙台、北上、八戸などの文化政策を手伝ってきた。内陸部はじっくり型・農業的で、港町は外来の文物を輸入・獲得するような港町らしいアイデンティティがある。まちづくりには土地のDNAともいえる、根幹にある考え方を探ることが大切だと考える。そこから見えてくる方法論で作品やプログラム、市民協働の仕組みをつくるとやりやすいのではないか。
(園山):劇場に足を運ばない人のところには自分が出かけて行って、なぜ来てもらえないかを聞くしかない。大きな劇場と小さな劇場、都市部と農村部でも違いがあるが、まずは本当に「来てほしい」と劇場の人たち自身が思うことと、自ら出向くことが必要だ。一例として、しいの実シアターで、島根県出身の森鴎外にちなみ「安寿と厨子王」を上演したところ、予想に反して中年以上の男性の観客が多く、新しい層に小さな劇場の良さを実感してもらう機会となった。また私たちはよく異業種交流会を行っているが、前日にあちこちに電話をかけると来ていただける。忙しい方も「わざわざ電話をもらったから」と来てくださる。つまりは、「良かった」と言ってもらえるプログラムを提供するよう努力している。その企画は各地域ごとに工夫するしかない。
パネルディスカッション 意見交換


片山泰輔 静岡文化芸術大学教授・大学院文化政策研究科長
村瀬剛太 文化庁 長官官房政策課 文化プログラム推進室長
三好勝則 アーツカウンシル東京 機構長
塚原 進 新潟市 文化スポーツ部 文化創造推進課 参事・課長
鈴木京子 国際障害者交流センター ビッグ・アイ 事業プロデューサー
志賀野桂一 東北文化学園大学特任教授 白河文化交流館コミネス館長・プロデューサー
園山土筆 松江市八雲林間劇場 しいの実シアター アートディレクター
<人材育成の仕組みについて>
片山: 20万件の文化プログラムの後にレガシーとして何を残すかが重要だ。4年間のプログラムを通じて人をどう育てるか。本日の皆さんの報告からも、人材育成が共通の課題であることがうかがえた。それぞれのプランや課題などをお聞きしたい。
三好:東京の将来を考えた場合、これからの時代を牽引していく若手、特に20〜30代の人材を重要視している。既存の仕組みの中で、いかに若手の意見を取り込んでいくのかが課題だ。若い人が政策を具体化するプロセスを経験し、言いっぱなしではなく、自分たちで課題解決していく機会を、できれば公募でつくりたい。財源の問題もあるが、若手が育つ仕組みの重要性を都の財政当局に理解してもらう必要がある。それにチャレンジできるのが今からの4年間だと考えている。
塚原:まず、市民に文化施策を提供する側の人材育成について。現在アーツカウンシル新潟のプログラムディレクターは40代半ばであり、プログラムオフィサーは20代と30代が各1名で、来年度以降もう3名増やす計画だが、次の世代のプログラムディレクターになりうる人を育てていく必要がある。アーツカウンシルへの期待の一つは、行政側の人事異動によるノウハウやネットワークの損失を和らげることだ。専門家集団であるアーツカウンシルと行政で情報共有することにより多くのノウハウやネットワークが蓄積され、その蓄積が市民活動を支援していくことを期待している。一方、市民の人材育成についてだが、新潟市では市民自らが企画運営する市民プロジェクトが盛んで、昨年は芸術祭の3カ月間で109のプロジェクトが実施された。全般にレベルは上がっているが、まちづくりに発展する力のあるプロジェクトと、そうでないものの差が出てきているのが現状だ。市民の文化活動の質を上げるための人材育成についても、アーツカウンシルの機能として、大いに期待している。
鈴木:人材に関しても福祉と文化の縦割り問題がある。私は文化事業の側から入ったが、なかには障害者向けのプログラムをどうつくればよいか戸惑う人も多い。今年始めた「障害者の舞台芸術表現・鑑賞に関する実態調査」で課題を可視化し、ノウハウや意識についての研修を行い、人材育成につなげていく。ビッグ・アイではこの4年間で、座学研修だけでなく、文化事業担当者と障害者が一緒に作品をつくる実践的な研修プログラムをつくっていきたい。研修だけでなく、文化事業の現場に私たちが出向き、障害者にも来てもらえる事業を一緒につくることも可能だ。障害者のアートについては文化庁と厚生労働省が垣根を超えて共同の懇談会をしてきたおかげで、全国的に活動が活発化した。これらの活動から芸術関係者と福祉施設の深いつながりも生まれてきており、文化施設の主催事業や芸術活動の活性化につながっている。文化プログラムでもこうした取組みを行っていく。
志賀野:私が白河市に招聘された際に、市長から人材育成をしてほしいという要請があった。舞台制作を通じて育成するのが早道と考えオペラの制作に着手している。しかし、舞台芸術スタッフには監督、照明、音響、大道具から資金調達までさまざまな職能があるが、なかでも最も不足しているのが舞台監督だ。新国立劇場の大澤裕氏に来ていただくと、「高校生でもいいから修行に来てほしい」と語っておられた。技術スタッフ陣は非常に大切なソフトインフラであるにも関わらず、地味で表に出ないために職業として認知されていないところがある。我々のオペラ制作は一流のスタッフと市民が協働するOJTの場となっており、制作スタッフが育ってきている。単に素人同士が集まって作品を作っても人材育成はできない。
園山:しいの実シアターは小さい劇場だが、自由がある。これは、他の劇場運営を見ていて実感することだ。失敗をしても話し合い、お金がなければ集めればいい。この自由さがなければ劇場は厳しいと思う。私は45歳の時から後継者を探し始め、70歳になる今年ようやく見つかった。力はあるが東京では芽が出ない人がたくさんいることに気づき、島根県の財源を利用して月15万円、2年間の条件でIターンの人を募集し、2人を採用した。劇場にとって何より重要なのは「良い企画」を立てられる人を育てることだ。資金調達の面では町の事情をよくわかっていることが不可欠なので、各劇場がもっと女性の力を活用するべきだ。グッズを買ってくれて、バズスターターとなってお客を増やす力になる人は男性よりも女性に多い。私たちは今年数人のバズスターターを発見したので、これからいろいろと面白いことができると思っている。
<資金面の取組みについて>
片山: 2020年以降に残すレガシーとして、育った人材が継続して活躍できる基盤づくりが必要だ。今後大幅な増加が見込まれる福祉プログラムの活用や、4000万人のインバウンドのリピーター化もあり得るだろう。理解者を増やし、2020年以降も人材が活躍し続けるための財政的な基盤づくりについて、それぞれのプランや課題などをお聞きしたい。
三好:アーツカウンシル東京には現在は都から資金が出ているが、それを他の財源と組み合わせていくためにも、芸術文化の意義を広く伝えていく必要がある。スポンサー企業だけでなく、障害者の福祉や芸術文化に対するアプローチをビジネスにつなげていこうという企業が最近増えている。そうした企業からの問い合わせもあるが、単に財源を提供していただくだけでなく、互いのやりたいことを上手く引き出し、得意手を出し合うことによって継続的な関係が築ける可能性がある。
塚原:アーツカウンシル新潟の財政基盤は、半分が文化庁からの補助金、残りは市の予算だ。これには3年の期限があり、その後どうするかが問われている。アーツカウンシルは新潟のまちづくりにも寄与する文化の専門家集団を育成するものであり、未来への投資であることを、市民や議員の方々にいかに理解してもらうかが課題だ。また企業からの支援も重要であり、文化の大切さを広く共有するところから理解を得ていきたい。近年は大災害の後なども、ライフインフラに続いてすぐにアーティストやアスリートが心のケアに駆けつけており、身近な文化の大切さが認識され始めていると感じる。
鈴木:ビッグ・アイでは障害者の文化活動を支援しているが、今後高齢化の進展とともに障害者の比率は上がっていく。障害者を含め多様な人が文化を享受することは、新たな観客層の掘り起こしにつながり、ひいては新しい表現活動・文化の誕生にもつながると考える。2020年に向けてパラリンピックへの関心が高まり、スポンサーも獲得しやすい状況となるため、未来への先行投資を含めて企業からの実質的な支援をぜひ期待したい。
志賀野:レガシーをつくるためには自主経営型の自立への方策が必要だ。ただし、劇場も学校や図書館、病院と同様に公共財であると考えると、公的資金は0にはならないだろう。目標とするバランスは、公的資金と入場料、ファンドレイジングによる資金がそれぞれ三分の一ずつだが、特に小都市ではファンドレイジングが難しい現状がある。現実的に妥当な線を探りつつ、サステナビリティを追求していきたい。
園山:行政トップの教育が必要だ。財団法人地域創造が行政トップ向けに座学を行っているが、文化庁ができることも多いのではないか。例えば我々は乳幼児から演劇をと考えているが、イタリアやフランスでは30〜40年前から研究が進んでおり、5歳までの脳の発達と芸術経験との深い関わりを示す論文がインターネットでも読める。文化庁には、こうした情報も含めて行政の幹部層に伝え続けてほしい。民間も努力するが、いろいろな角度から市民の意識を変えていくことが大切だ。
<まとめ>
村瀬:皆様から貴重なお話を伺えて有意義だった。最後に私から3点ご参考までに申し上げたい。第一に、文化プログラムを国民運動にするため、劇場・音楽堂等の皆様には地域の文化の核として運動を巻き起こしていただきたい。第二に、エリアマネジメントについて。今は地域が一体となって取り組むDMO(Destination Management/Marketing Organization)という考え方がある。地域でマーケティングを行い、属性や利用者を分析する視点を皆様の活動に加味していただければ、新しい発見があると思う。第三に、現在、国は観光立国の推進にかなり力を入れており、財政分野でも利用できる部分があると思う。これらの隣接分野にも目を配り、さまざまな活動を推進して日本の文化をますます発展させていただきたい。
片山:本日は全国から参加者が集まってのフォーラムとなった。画一的なマニュアルはなく、地域のDNAを生かすよう徹底的なリサーチが必要である一方、地域にこもることなく、文化プログラムを機に全国で人材の流動を起こすことが重要だ。多様な外部人材にIターンや長期滞在をしてもらい、一緒に地域の課題に取り組んだり、これまで劇場に足を運ばなかった人々を新たに取り込んだりするチャンスにしてほしい。また、観光や福祉とも組み合わせ、文化プログラムで予算が取りやすくなるこの機を生かして、市民にも行政・議会にも文化の意義について理解を深めてもらうチャンスにもできるだろう。これからの4年間、情報交換をしながら国民運動を盛り上げ、2020年には違う風景が日本で見られることを期待したい。
平成28年度文化庁委託事業 劇場・音楽堂等基盤整備事業"情報フォーラム"
開会挨拶
基調報告
パネルディスカッション
- 東京都が主導する文化プログラムの考え方と取組み
- アーツカウンシルの設立に向けた新潟市の取り組み
- 障害者プログラムの考え方と事例
- 文化の力による心の復興事業 2~3の事例から
- 地方劇場における文化プログラムの考え方