平成29年度文化庁委託事業 劇場・音楽堂等基盤整備事業"情報フォーラム"
「劇場・音楽堂等と地域文化創生」
パネルディスカッション 意見交換・質疑応答
パネリスト:
田村 孝子 (公社)全国公立文化施設協会副会長
片山 泰輔 静岡文化芸術大学文化政策学部教授・大学院文化政策研究科長
大石 時雄 いわき芸術文化交流館アリオス支配人
コーディネーター:
中川 幾郎 帝塚山大学名誉教授
指定管理事業者は、3年から5年の非常に短いスパンの中、低賃金で働いています。こうした環境で、本庁の担当課と対等のパートナーとして、幅広い文化政策を企画立案することは可能でしょうか?
中川: 奥深い問題です。文化ホールのみならず公民館、図書館、美術館等の専門人材機能を要する施設に、指定管理者制度をコスト優先で導入することには私は反対です。むしろ専門性の外部担保という形でこの制度を活用するのは容認できると思います。現状では価格競争に走るばかりに非正規労働者の激増を招いています。司書、学芸員の流動化も憂うべきことです。こうした人材機能を必要とする施設への指定管理者制度の導入は非常に慎重に行うべきです。
片山: 地方自治法の規定では「施設の設置目的を効果的に達成するために必要があると考えられる時」には指定管理者制度を採用できるとなっており、経費削減のために設置目的を犠牲にするのは地方自治法の誤用です。一つの原因は施設の設置目的が明確にされていないことだと思います。自治体が政策・計画を持ち、その基盤となる条例をつくり、その中で設置目的を明確に位置付けるべきだと思います。
大石: 私がアリオスの計画に関わり始めた2003(平成15)年は、指定管理者制度が施行され始めた時期でした。当時はひとまず様子見のために5年間はいわき市の直営にすることに決め、そのまま現在に至っています。極端な例ですが、財団法人が運営する指定管理者で、指定管理料の減額を受けて、給与削減、人員削減を余儀なくされたケースをいくつか見てきました。その先にあるのは財団の解散ではないか、と危惧しています。民間の人材、ノウハウを活用してより良い行政サービス、文化サービスをというのはどこか建前で、実は自治体のコスト削減に利用されているのが一番大きな問題だと思います。
田村: 最終的には自治体の文化政策の問題なので、やはり職員や地域の皆さまが「こうあってほしい」ということを言い続けることは大切だと思います。図書館は上級司書という制度をつくりました。「経験10年」「論文」「ボランティア活動」の3つを課し、資格はパーマネントではなく剥奪もあります。図書館は本来の司書のあるべき姿を考え、望んだ方向にスタートしたことは事実です。行政にはなかなか理解されませんが、中には理解してくださる方もいます。そういう方を見つけて、きちんと問うていくことが大切です。
中川: 文化基本条例や計画があって、その中に文化ホールが位置付けられている自治体では、指定管理者制度も慎重に設計されているはずです。地方自治法には行政の恣意性が発動しやすい欠陥があり、随意指定でよいのに、競争選定であるかのように皆が思い込んでいます。単年度予算を繰り返し、ツケは全部職員の人件費に押し込むという悪循環を絶たなければなりません。住民側に指定管理者を移す流れもあります。文化の意義について、改めてきちんと政治の集団に説明していく努力が必要だと思います。
施設を社会包摂の拠点とするべく、避難訓練コンサートやアンケート分析を行っていますが、どこまで声がけを広げ、どうやって人を集め、どういうゴールを達成すればよいのかがいまひとつ明確ではありません。ご伝授ください。
大石: アリオスでは市民との関係づくりは、職員一人ひとりが直接的に市民と出会い、繋がることから始めています。舞台、照明、音響の担当者なら、日頃の貸し館で主催者である市民と知り合います。広報、企画、制作を含めた全員が、担当する業務に市民が関わるような仕組みをつくっていけば、確実に日々現場で市民と話し合う時間が豊富に生まれます。また、こちら側から地域に入っていき、「この土地でみなさんが大切にしている文化はありますか」と問えば、例えば「この土地で採れるこんにゃく芋で作るコンニャクが自慢かな」と答えが返ってくる。そこで、「じゃあ、コンニャクという食文化をテーマにした事業を一緒に考えませんか」とアリオスの事業にしてしまう。芸術文化でないが、魅力的な文化は地域にたくさんある。それらを事業化していけば、地域の住民たちとの関係が深まるだけでなく、劇場・音楽堂等の存在価値は高まります。
片山: 模範解答を真似するという発想から脱して、まずは地域の課題をリサーチすることが必要です。私が代表理事を務める団体は浜松の鴨江アートセンターの指定管理をしていますが、浜松市は今日本で一番ブラジル人が多い自治体です。しかも車社会のため日常生活の中で住民がふれ合う機会がなく、多文化完全分離社会になっています。そこでアートセンターは何をすべきかと考えたのが、野菜等を売る朝市です。アートに全く関心のない人が野菜を買いに来ると、そこでコーラスグループが練習をしていたり、レジデントアーティストとすれ違ったりする。多様な人たち、いろんな価値観、ライフスタイルへの理解が進んでいけば、我々のミッション達成に近づいたことになると考えています。
田村: 自分の地域の問題をよく見ることが大切ですが、ときには住民より外から来た人が気がつくこともありす。私はグランシップの館長に就任して1年も経たないうちに、県内に20ものオーケストラがあることに気がつきましたが、静岡の方はこれを財産だとは考えていませんでした。山梨県の「清里フィールドバレエ」は、ヨーロッパの野外バレエコンサートにヒントを得て、清里の自然環境を生かして自治体とバレエ団との協力の下28回も続いてきました。ご自分の地域の宝を見つけてください。
中川: 質問者がおられる市は10年前に1市3町2村が合併してできた市で、文化ホールが4つもあり、お悩みは理解できます。もともと施設ができた時には必然性があったはずなので、原点に戻ってのリサーチが必要です。私はいつも「丸・三角・四角のチェックリスト」を使っています。「丸」は芸術のどの分野において供給不足や供給過多が起こっているか。「三角」は人口ピラミッドのどこが供給不足や供給過多になっているか。「四角」は地域的偏差がどれだけ生じているか。これを調べれば、人権としての市民文化政策の見取り図ができます。以前、財団の職員十数人で手分けし、市内を10ほどに区分けして、一人が数十件ずつのインタビューをしたことがあります。お金はかけていませんが、これだけでもかなりのことがわかりました。一番大事なインタビュー相手は学校、幼稚園、保育所、福祉施設で、何か困っていることはないか、ホールが支援できるのは何なのかを聞きに行くことが大事です。
関西にいるせいか、オリピックの文化プログラム参加への機運がまだ盛り上がっていません。どのように関われば良いかアドバイスをお願いします。
片山: オリンピックは東京で行われるスポーツ競技大会のことだけではないという、オリンピック憲章の理念をもっと共有する必要があります。昨今の不穏な世界情勢の中、共生社会をつくって世界平和を実現するという理想には日本中の多くの人が共感できると思います。ここを踏まえて進めていけば、文化プログラムが社会にとって良いものだと実感する人を、少なくとも今よりも増やせる。その状態が、最大のレガシーになるのだと思います。
田村: 「グランシップ音楽の広場」について、前の文化庁長官は文化プログラムに申請してはどうかと言って下さいました。質問者のおられる県ではたくさんの事業を推進しておられるので、突然オリンピックのために何かを始めるのではなく、今までしていることを生かす方法を考えてはいかがでしょうか。
大石: いわき市には現在もなお、原発立地自治体からの避難者約2万2000人が住民票を元の自治体に置いたまま暮らしている。反対に、いわき市から全国の自治体へ避難しているいわき市民も大勢います。そんななかで、東京五輪招致活動時に安倍首相が「福島原発事故の放射能はコントロールできている。東京への影響はない」と発言したことが福島県民の間に大きな波紋を呼びました。公の施設としては文化プログラムを推進するべきなのでしょうけど、市民感情なども配慮し、あえてアリオスとしては表立った動きはしていません。
藤原(文化庁文化部長): 全国の地域やスポーツ、文化の分野にもさまざまあり、皆が同じ方向へ向かうのにやや時間がかかりました。本格的な盛り上がりはこれからだと思っています。オリンピックのためだけではなく、オリンピックを大きな契機として、文化の力でより良い社会をつくっていくために、今日お集まりの皆さま方が一緒に日本全国を盛り上げていくことが必要です。文化庁もその先頭に立って頑張って参ります。
中川: 大変率直な議論をありがとうございます。いわき市のような場合は無理をする必要はないと思いますが、これを機会として、すでにある財産をリファインする、またはいくつかをストーリー化して、広く世界に発信するという発想が大事だと思います。それによって、文化をもっと町の体力にできるように持っていくのが、レガシーという思想ではないでしょうか。
中川: 最後に一言ずつ、コメントをお願いします。
田村: 諦めないで、それぞれの方がお考えを持ち、きちんと届けていくことが何よりも大切だと思います。皆さまのご活躍を期待しています。
片山: 指定管理者制度の誤用や自治体財政事情の中で、劇場・音楽堂等で働く人の労働条件等に非常に問題があります。鍵になるのは指定管理などを担う団体の人事担当者です。責任回避的な人事政策を脱し、人事にしっかりとプロを据えて仕事をさせるという働きかけが社会全体として重要だと思います。
大石: 自分たちの反省も含めて、劇場・音楽堂等の関係者自身に、社会の中での劇場・音楽堂等の価値を高めようという気持ちが足りないと思います。施設や芸術の中に閉じこもっていては、地域文化創生に貢献できません。我々専門家が地域社会に入って地域で暮らす人々と出会い、そこにある文化を再発見し、地域社会のより良い未来のために働こうとしていないのが一番の問題だと思っています。
中川: 「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」及び新「文化芸術基本法」がもたらすインパクトは大きく、良い効果が出ると期待しています。教育機関や福祉機関との連携、地域コミュニティの活性化が明記され、医療機関との連携なども暗示されています。この精神はいずれ生涯学習の領域や図書館法、博物館法、社会教育法における公民館のあり方等に影響を与えるという意味でも大変歓迎しています。 一方で今日少し論及が足りなかったのは、芸術文化を活かしたまちづくりについてです。一過性のイベントの経済波及効果を考えるのではなく、資産形成をしなくてはなりません。地域の伝統、課題とうまくかみ合ったアートの制作を考えるのも劇場・音楽堂等の役割であり、劇場・音楽堂等はある意味で研究機関、調査機関でもあってほしいと思います。