平成27年度「劇場・音楽堂等施設改修相談会」

個別相談会 相談内容1 老朽化対策全般

回答者
日本大学理工学部教授
(公社)全国公立文化施設協会アドバイザー
本杉省三

たましんRISURUホール館長
鈴木恒男

初めて大規模改修をするにあたっての注意点は。

最も大切なことは、利用者である市民に周知し、理解を得ることである。また、これまでの改修履歴(工事内容・予算・図面・写真等)を整理し、関係者が情報共有できるようにすることも重要である。それにより指定管理者や担当者が変わっても継続的に改修内容が伝えられていくし、そのような資料は予算や市民の理解を得るときの最もよい説得材料にもなる。

設計者と施工者の選定にあたってのポイントは何か。

専門家を活用し、入札額や予算額だけでなく、性能や技術力も含めて幅広く考えることである。改修工事や設計を目先のことだけで考えず、最初の価格は安くても長い目で見ると高くなるということのないように、長期的に優れた提案・内容を選ぶようにする。その際には審査委員会や評価委員会をつくって意見を求めたり、設計者や施工者選定にも関わってもらったりするとよいだろう。設計・監理と施工に関しては、それぞれの専門性と独立性を確保し、チェック機能が働く仕組みのもとで行われることが好ましい。

実施ベースの工事見積もりの算定方法は。

軽微な修繕等であれば、基本的には保守点検業者や施工業者から見積もりをとることになる。しかし、ある程度の改修や大規模改修の場合には、通常は調査設計を先に行い、概算金額が出てから概算要求等を経て本設計の段階に入る。そして、確実な予算のもとに工事入札という段取りになる。調査設計と本設計を一緒に行ったり、予算要求に平行しながら設計を進め、そこでの見積もりを根拠に工事入札を行ったりする場合もある。

地方自治体における補助金の動向は。

地方自治体の施設に対する補助金は、冷凍機、ボイラー、空調機、LED化など、省エネに関するものが多い。あるホールでは、冷凍機の改修にあたって、まず環境省で手続きを行い、補助金が出る確約をもらってから予算取りを行ったという。自治体予算の見込みがついても国の補助金がとれないと困るので、補助金申請と予算取りを平行して進めるとよい。
天井改修に関しては、既存天井を壊して新設する場合には国交省の補助金が出る。施設・設備に対しては、やはり国交省の社会資本整備総合交付金等の補助金・助成金等がある。『天井の耐震改修のススメ』(国土交通省住宅局監修)には、補助金についての情報も掲載されているので参照するとよい。なお、地域ごとに異なる制度もあるので、各自治体へ相談・確認をしてほしい。

参考:『天井の耐震改修のススメ』
http://www.kenchiku-bosai.or.jp/files/2013/11/080731.pdf

老朽化したホールで、建替えではなく改修を選択したところがあるか。

1920~30年代に建てられたホールでも、別府市公会堂(1928)、日比谷公会堂(1929)、宇部市渡辺翁記念会館(1937)などは、建て替えではなく大規模改修をして継続的に使用することを選択している。耐震化工事はせずに天井だけ改修したホールもある(小松市公会堂:1959)し、規模を縮小する方向での改修を決めたホールもある(岡崎市民会館:1967)。市民に親しまれる施設としてオリジナル性を尊重して改修された事例(弘前市民会館:1964)もある。各自治体にとって、その建物がどのような価値があるのかという点も踏まえて検討するとよい。

ホールを運営しながらの改修工事は可能か。

工事に伴う振動・騒音は避けられない。このため公演と工事の時間帯を昼夜で分けて実施した事例もあるが、その場合でも工事道具や建設部品等が客席等に落ちる危険があるため、非常に細かな施工管理が必要とされ、工事の長期化、工事費アップに対する懸念から改修期間中は休館するのが一般的である。
稼働率が高く代替施設が少ない等の事情で、ホールを休館せずに改修工事をする場合は、危険度や社会的要求、法などを勘案しながら改修の優先順位を決めて、一部ずつないしはエリアごとに進めていくことになる。市民は安全のため天井の老朽化対策を望むし、公演者は照明機材や舞台機構の更新を希望し、行政は法を順守した改修を進めたいと考える。この中で何を重要と考え、どの順序で取り組むかは、これまでの改修履歴を十分検討したうえでホール側の意見を尊重し、最終的には設置者側が判断することになる。稼働率が高いホールの中には、長期の休館を避けて年間3カ月ずつ休館し、3~4年計画で分散させながら改修を行ったところもある。
休館にあたっては、利用者にどう直してほしいか要望を聞くプロセスを設けると、市民の理解・協力を得やすくなる。

エレベーター、トイレなどの設備について、現代のニーズに合わせた改修の注意点は。

トイレ : 催しによって男女比が変わるため、男女間の間仕切りが移動でき、トイレのスペースが変化するものが望ましいが、それが困難なことも多い。男女の入口のサインを催しによって変える方法もある。また、ブースにセンサーを付けたり分かりやすい目印をつけたりすることで、空いている個室を一目で認識できるようにしたり、通路が分かれるところに人を立たせて空いている個室を案内させたりすることで人の流れが改善することもある。和式トイレを洋式に変える際には、スライド式や折戸の扉を使うなどして個室数を減らさない工夫が必要である。
喫煙スペース : 最近は喫煙室を設けるより、屋外に屋根つきのコーナーを設けるなどして建物内は禁煙にするところが増えている。喫煙スペースを設ける場合には、観客用だけでなく、出演者・スタッフ用等複数の場を計画する必要がある。
サイン : 開館当初は利用者が建物に慣れていないこと、設計者にとっても人の動きが見えにくくサインが小さくなりがちであることから、ある年数が経ったらサインを見直す必要がある。バリアフリー対応として、点字や浮き彫りのような立体的な表示も求められる。
バリアフリー : 平成27年度に国からも高齢者、障害者に関する新しい基準が発表され、エレベーター、エスカレーターは高齢化やバリアフリー対応で欠かせない設備となった。
施設全体のバリアフリー化にあたっては、まず、敷地から建物に入るまでの障壁をチェックし、階段のスロープ化、手すり設置、車椅子用駐車場の入口の近くへの設置などを考える。スロープ化ができない場合、段差解消機を設置する方法もあるが、できる限りノーマライゼーションの考えに沿って行うべきである。
建物のドアは車椅子の方のためには引き戸が望ましいが、劇場内の客席とホワイエ間の扉には遮音性能が求められ引き戸にするのは難しい。会議室やトイレの扉など、できる範囲で取り組むとよい。段床の客席には手すりを設置したり、車椅子ではなく一般席を要望されるときのために車椅子から乗り移りやすいように椅子の肘掛けを開閉式にしたりするとよいだろう。
財政当局は、危険度の高いものや、改修しなければ公演が実施不可能になるもの(舞台機構、音響、照明の不具合等)の改善を優先して予算をつけるため、バリアフリー改善工事には予算がつきにくいという意見もあるが、バリアフリー対応は法で定められたことなので優先性が高いといえる。

空調、照明の設備の更新について。

空調に関しては、効率的に空調管理するためには楽屋は個別で空調を行い、ホールについては1階席部分、2階席部分などのゾーンに分けて行うとよい。ホワイエや練習室、事務室などについても、利用を想定してゾーンごとに計画にすることが好ましい。どのようなシステム、機器を採用するかは、ランニングコストを精査し、設備の専門家に相談したり、設計事務所に聞いたりして決めていく。
一般照明については、LED化が進んでいる。客席照明を含む舞台照明についてもLED化の流れは変えられないので、積極的にLED化を考えるとよい。ただし、まだ一部には調光カーブ特性が出せない器具もあるので注意が必要である。客電やボーダーライト、ホリゾントなどに関しては、使えるレベルまで改善されつつある。スポットライトのLED化も進んでいるが、まだ発展途上段階にある。LED照明では、従来のように調光器を24時間空調管理する必要がなくなるので、設備全体をみて考えていくことが大切である。また、安価な外国製品の中にはノイズを発生する要因となるものもあるので、選定にあたっては注意する必要がある。

音響機器について、最近はどのような機器が使われる傾向にあるか。

音響機器は改修速度のはやいもののひとつで、近年はデジタル化が急速に進んでいる。それに伴って多くの情報量を流す必要性が生じているため、ネットワークでは光回線が、オーディオのプロトコルではDanteという拡張性の優れたものが使われるようになってきている。電送システムも従来のものではなく、イーサネットLANが使われるのが一般的である。
なお、スピーカーでは縦長のラインアレイ型が世界的にも広く使われている。

平成27年度「劇場・音楽堂等施設改修相談会」

第1部

  1. 大規模改修のプロセスについて
  2. 舞台設備改修について
  3. 特定天井の改修と定期調査報告制度について

第2部(個別相談会)

  1. 老朽化対策全般
  2. 舞台設備
  3. 特定天井

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